小学 4 年生だったあの日、僕は憂鬱だった。
「授業参観ではみんなの前で、お父さんと一緒に歌ってもらいます」
なんてひどいことを言う先生なんだ。
僕は愕然とした。
お父さんと一緒に歌うことが嫌だったわけではない。
だって、お父さんはめちゃくちゃ歌が上手いんだから。
僕が憂鬱だったのは、自分の歌唱力のひどさだ。
いわゆる僕はオンチというやつだった。
僕の歌声をみんなに聴いて欲しくない。
教室の前で、みんなを正面にして僕は俯く。
お父さんは隣に立って、僕の肩に手を添える。
赤い花柄のシャツを着るお父さんは歌い始めた。
ひどく音程を外して。
僕が驚いて見上げると、お父さんはウィンクをして微笑み頷く。
僕は勇気をもらった。
大きな声で歌う。
楽しく、明るく、生き生きと。
教室に、笑いと幸せが広がる。
お母さんは、教室の後ろで拍手していた。
僕はヒーローに近づく。
この赤い花柄のシャツを着て。
白いデニムを穿いたのは、シャツに咲く赤い花を綺麗に見せるため。
コートは着るけど、赤い花をもっと見せたいからノースリーブで。
ドアを開け、太陽が照らす春に向かって僕は一歩を踏み出す。
text Shigeaki Arai
collections ss21